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02/05のツイートまとめ

2015年02月06日 03:12

actyuki

現代人はいろんな意味で汗を嫌い汗をかかない生活をする人が多いような気がします。汗は人生の潤滑油。充実感など汗をかくことでお得なことがたくさんあるのにもったいないと思いません?
02-05 21:24

自分のために

2014年02月21日 19:27

ソチオリンピックは、まだまだ続いており、
連日、胸が熱くなるようなドラマが展開されてますが、

中でも、
モーグルの上村愛子選手と、
(今朝の)スケートの浅田真央選手の、
笑顔と涙がとても印象的でした。

両選手とも日本を代表するアスリートであり、
オリンピックを初めとする国際試合の常連さん。

それだけに成績が良くも悪くも注目されてしまい、
そこに感じるプレッシャーは想像以上だと思います。

まあ、それだけ国民の大きな期待があるということで、
それも彼女たちを支えるモチベーションのひとつに
なっていると信じたいですが、

その反面、もしかすると、
「自分は誰のために、こんなに頑張っているのかな?」
と思う日もあったのではないかと。(^^;


しかし、、

競技を終えた上村選手が、
「(長野以外)つらい思い出ばかりだったけど、
(やっと)とてもすがすがしい気持ちになれました」

そして今朝、浅田選手が、
「やりたいと思っていたこと(構成や滑り)ができた」
というようなコメントをされてましたね。

お二人にとって、結果は残念でしたが、
でもこの両選手のインタビューを聴いて、

選手生活のぎりぎり最後に、
自分のために競技ができたみたいで良かったな
と思いました。

もちろん、日本の代表選手として、
メダルを逃してしまったことに「申し訳ない」という
気持ちもあるでしょうし、
最後のオリンピックでメダルも欲しかったでしょう。

でも、それ以上の、それを超越したところでの
満足感が得られたのであれば、
それは何よりのことではないかと思います。

なぜなら、
誰のためでもなく、自分の人生ですから、
自分自身が納得のいく人生でなければ、
虚しいだけになってしまいます。



そしてこのことは、彼女たちだけではなく、
私たちの人生においても同じことが言えると思います。

周囲の評価や期待ばかりを気にしてしまい、
誰のための人生なのか、誰のために生きているのか、
分からなくなっている方、多いのではないでしょうか。

もし毎日が、漠然とした虚しさや閉塞感だったり、
「やる気がでない」ものであるならば、

「自分のために生きているか?」

と、いちど振り返って考えてみるのも良いのでないでしょうか。
もしかしたら、イキイキとした人生を手にできるかも知れません。

この瞬間に幸せになれる本

2014年02月13日 17:17

フロイド先生と同じ時期に、
アルフレッド・アドラー先生という精神科医が居りました。

彼、アドラーさんは、フロイドさんたちと精神分析を研究する同胞でしたが、
あるとき、フロイドさんの考え方に疑問を抱き、勉強会から脱退します。

一説によれば、フロイド理論に反旗を翻した彼を、フロイドさんが追い出した・・
と言う話もあり、まあ、そういうこともあるのでしょう(笑)、
しかし、そのお陰で彼は『勇気づけの心理学(アドラー心理学)』と呼ばれる
素晴らしい功績を今日に遺しました。

そのアドラー心理学を非常に分かりやすく説明した本が出版されましたので、
紹介させて頂きます。
ベストセラーにもなっていますから、ご存じの方も多いと思いますが、
嫌われる勇気(岸見一郎・古賀史健著 ダイヤモンド社)です。

この本は、アドラー心理学を探究する『哲人(哲学者)』と、
アドラー心理学に疑問を抱く訪問者の『青年』との対話形式で一冊が綴られています。

つまり、青年が読者の代わりにアドラー心理学を取材し、
その回答者を哲人が務めながら、
「いつの間にかアドラー心理学に惹き込んで差し上げましょう」という感じですね。

たしかに、時には声を荒げて反論する青年に、読者は共感を覚えるかも知れません。
しかし同時に、青年と共に少しずつ「なるほど」と納得しちゃうんじゃないかな・・
と言うのがこの本の面白さです。(^^;

300ページ近い本ですが、難しい用語もない対話形式なので、
あっと言う間に読めてしまいます。


では簡単に、アドラー心理学を説明しますと、
フロイド説は、人間には無意識があり、そこに抑圧されたトラウマが、
人間の行動を規制し、心を病む原因にもなっている・・ですが、

アドラー説は、無意識やトラウマの存在は認めつつも、彼は人間の行動について、
それはトラウマによるものではなく、何かしらの目的と選択があって、
「今現在、そうしたいからそうしているのだ」と説いています。
つまり、自分で好んで(選んで)その道を歩んでいるのだ、と。

たとえば、
人が引き籠るのは、トラウマが原因ではなく、
その人はただ単に「外へ出ない(人と関わらない)」
という目的があって、
引き籠りという選択をしているに過ぎない。

という訳です。

もちろん、人が『いまここ』を『どんな気持ちで生きているか』については、
トラウマも含めた過去の体験が大きく影響しているのは間違いないのですが、

それでもあえてアドラー先生は、
「そんな原因論(フロイド説)に囚われていては、その人の人生はそこで
(身動きがとれず)終わってしまう。
しかし、そうではなく、
人間は目的と選択の繰り返しで
日々を生きているのだから、
それ(目的と選択の考え方)を少しずつ修正できれば、
どんなツラい人生の人も心が解放(自由)されるし、
幸せにもなれるのですよ

と説いているように思います。

特筆すべきは、いまこの瞬間から幸せになれるです。

そこまで明言されてしまうと、ますます胡散臭さを感じてしまいそうですが、
むしろそうした疑いを持ちながら読んだほうが楽しめる一冊かも知れません。

大きな誤解

2013年10月22日 19:05

「いつもニコニコとして、お幸せそうですね」
と、よく言われます。

何の悩みも苦しみもなさそう・・という意味だと思うのですが、
まあ、そう言われて嬉しくないワケではないけれど、
「そんなに能天気に見えるのかなぁ」と複雑なのは確かです。(苦笑)


悩みや苦しみの渦中にある人にとって、周囲の人たちは、
「何の苦も無く、楽々と過ごしている」ように見えるらしい。

でもそれって、本当でしょうか?

この世の中に、何の悩みも苦しみもない人が居るのでしょうか?

それは大きな誤解のような気がします。

そして、その誤解によって、自分を過少評価しかできなくなり、
苦しみが倍増しているとすれば、とても残念なことだなぁと思います。


私なんかもそうですが、いつもニコニコしている人は、たぶん、
「泣いていても仕方がない」
と思うから、いつも笑っているのだと思います。

そして、もっと前向きな人は、
「泣いているより、笑っていたほうがきっと良くなる」
と考えて、いつも笑っているのだと思います。

もちろん、いろいろな悩みや、苦しみがあるのは、
どんな人でも同じです。

むしろ、笑っている人のほうが、私などから見れば、
「きっといろいろ大変なんでしょうね」
と思うくらいです。

なぜって、本当は笑っていられないくらい、
生きるって大変なことだと思うから・・。


しかし、やせ我慢でも、ニコニコ明るくしていたほうが、
良いモノが飛び込んでくる・・というのは本当の話です。

しかめっツラをしていれば、
悩みや苦しみに押し潰されそうな仲間にしか出会えません。
そこに良い情報なんて期待できませんよね。

逆に明るくしていれば、
それでもガンバロウと思う同志たちが集まるし、
耳よりな情報だって得られるはずです。


もしあなたが、より良く生きたいと思うのであれば、
「自分だけがツラいのだ」
という大きな誤解を捨て、
無理にでも明るく振る舞い続けてみて下さい。

必ずきっと、いまの悪循環から脱し、
良い循環に出会えるはずです。

ちょっと根気がいりますが、ぜひお試し下さい。

受け流す

2013年09月25日 20:07

言わずもがなですが、時間は流れています。
そして、巻き戻したいと思っても、
止まって欲しいと願っても、
『いま』を過去にしながら、どんどん進んで行きます。

そんな時間の流れの中に、私たちの人生が置かれています。

そう、、私たちは時間の流れの中で、
喜んだり悲しんだり、あるいは怒ったりしながら
生活しているわけです。

本当であれば、そんな私たちの喜怒哀楽は、
一時的であることが理想なのかも知れません。

つまり、時間の流れとともに、
私たちの喜怒哀楽も、瞬間、瞬間を思い出にしながら、
流れていってくれたほうが、
前へ進みやすいですよね。

悲しみをいつまでも引きずってしまったり、
いつまでも腹を立てていたら、
次の行動に移れませんからね。

まあ、人の心はそれほど単純ではないと言う意味で、
あくまでも『理想』なんですけど。。(^^;


さてそこで、そんな理想に少しでも近づく鍵としてあるのが
今回のテーマである『受け流す』です。

その時々に、悲しいこと、腹立たしいことがあったとしても、
「それは、それ」として、心の中の時間を止めずに、
前へ進むこと・・・が、ここでの受け流すであると考えて下さい。

つまり、流れ作業のように時間(現実)は流れているのに、
心だけが止まってしまうと、
生きていくうえで、ますますツラいことになってしまうので、
起こった事実は事実として受け止めながら、
「次、行ってみよ~」
と、感情とは別に行動できることが受け流すです。


そこには、
感情はコントロールできないが、行動はコントロールできる。

そして、
感情は、そこで心を止めてしまわなければ、やがて鎮まる
というのが森田療法の考え方です。

つまり、いつまでもその悲しみや、怒りのことを考えてしまうと、
ますますその感情が膨れ上がって鎮まらないが、

その感情のままでもいいから、次の行動へ移してしまえば、
いつの間にか、悲しみや怒りも鎮まってくれるよ、
という法則的な考え方ですね。


ですから、自分は感受性が強くて受け流しなんてデキナイ・・・
と言うのではなく、
悲しみは悲しみとして、怒りは怒りとして、
その感情を持ちつつ、次の行動に移すことが受け流すである、
と考えてみては如何でしょうか。

はじめはギクシャクして、なかなか難しくても、
感情の流れが体感できてくれば、
受け流しの達人になれるかも知れません。(*^^*)



ただし、そうした受け流しを難しくさせるものがあります。
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