私は私

2006年06月20日 23:25

あるクライアントさんから、

「よく『私は私』と云いますけど、どうしても

『私は私だからいいや』となってしまい、

開き直りのようで、かえって自分の成長を妨げているように思う」

と云うお話がありました。
それが本来の『私は私』ではないと云うことは分かっている。

が、どうしても「それが自分だから仕方がない」の言い訳

のようになってしまう、それがとても嫌だし、

どうして「そうなってしまうのだろう?」というわけです。





たしかに、その使い方ですと「どうせ私は・・・」という

自己否定となり、暗い気持ちになってしまいそうです。

できれば「私は私なんだから、これでいいんだ」

という肯定的な意味で使えればいいんでしょうけどね。


でも「それが私なんだから仕方がない」でも、

本当は間違えではないのです。

なぜって、物事を否定的にしか受け止められない自分がいる。

それは事実なのですから、間違いなくそれは

現在の『私は私』なんです。


もし問題があるとすれば、そんな自分を受け止められず

否定してしまうことにあると思います。

つまり、「こうあるべき」という理想ばかりに走ってしまい、

その理想に合わない自分を嫌って閉ざしてしまうから、

さらに辛い気持ちになってしまうわけです。


気持ちは分かるのですけどね。


しかし、このクライアントさんの場合、それまでほとんど

「つらい」と訴えるだけで、「それはどうしてだろう?」

という問題提起を避けてきた方なので、今回の

「どうして?」の疑問に強い手ごたえを感じました。


実際、人間には得意、不得意がありますから、

「私は私」なんて言葉は、どっちに使ってもいいんです。

あることが出来る『私は私』もいれば、

あることが出来ない『私は私』もいる。

人間は万能ではありませんから、それは当たり前のことなんです。


その当たり前に気づいて、そうした自分の全部を

「それが私なんだ」

と受け止めることができるようになれば、

本当の意味での『私は私』になれるはずです。


このクライアントさんも、「どうして?」と自身に疑問を

投げ掛けることができたことで、いずれその答えを

見つけ出すことでしょう。

きっとそのうち素敵な『私は私』を聴かせてくれるような

予感がしています。


※クライアントさんとの語録を掲載する場合には、
事前にご本人からお許しを頂いております。
また、プライバシーの問題がありますので、
内容は筆者によって多少脚色しております。


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