尊敬の念

2003年07月01日 23:14

たまに「尊敬するって、どんなことですか」と

質問をうけることがあります。

尊敬とは どんなことなのかピンとこない、と云うわけです。
私は、そういうとき

「素敵な人だな。こんな人になりたいな。と思う人は居ませんか?」

と反対に質問します。

すると、だいたい「ああ、そういう人なら・・・」

と具体的な人が出てきます。

「じゃあ、それが尊敬なのかも知れませんね」

で、「なるぼと」となります。



だいたい、尊敬という言葉が存在するから、ややこしいのですよね。(^-^;

「親を尊敬しなさい」「先生を尊敬しなさい」

『しなさい』は命令ですが、人の心は命令では動きません。

やはり、その人の生き方を見て「ああ、いいなぁ」と心が動くこと、

あるいは自分の目標のようになることが、尊敬なんだと思います。


愛情にしても、そうですよね。

本当は、そんな言葉なんて必要ないし、存在するから、ややこしくなるのです。

「自分の子供に愛情が持てない」というお母さんでも、

子供がクルマに轢かれそうになったら、とっさに身体が動く。守ろうとする。

あるいは、発熱したときに「大丈夫だろうか」と不安になる。

それも立派な愛情ですよね。


そう考えると、私たちは言葉に支配されて、本当の事が見えづらくなっている

ことに気付きますよね。

心のことは多面的ですから、尊敬や愛情の中にも、いろいろな気持ち

(ライバル心や、憎しみに似た感情など)があっても不思議では無いのです。

だから、どこからどこまでが尊敬で、こうでなければ愛情ではない、

ということも実は無いのです。

言葉に囚われず、心で生きてみると良いのかも知れませんね。(*^-^)


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