キレル・・・②

2002年01月31日 23:59

今日は、なぜ人は『キレテしまうのか』について、僕なりの解釈を

昨日に関連して、もう少し書いてみたいと思います。


みなさんは『堪忍袋の緒が切れる』という言葉をご存知ですよね。

堪忍袋の底が抜く・・・あるいは、こらえ袋が切れる・・・

とも云いますが、どうやら、この堪忍袋と、キレルことは、

密接のような気がします。
それでは、その『堪忍袋』とは、実際なんなのか?

という話になりますね。これは僕の解釈ですが、

簡単に云えば『その人の容量(キャパシティ)』

なのではなかと思います。


つまり、その人の心の容量が、どのぐらいあるか・・・によって、

この堪忍袋の大きさも決まってくる。


この解釈は、いまが『我慢レス』(我慢のいらない世の中である)

ことでも説明が出来るように思います。

欲しいものは、作らずともすぐに手に入る。

クレジットの普及で、お金がなくても、我慢する必要がない。

金銭面だけ見ても、我慢する必要がないのですね。


大人たちにとって、それが当たり前になってしまえば、

子供たちにだけ我慢しなさい・・・と云えないし、

「我慢しなさい」の考えすら浮かばない親世代が登場しても、

不思議はないように思います。


金銭面以外でも、いまは情報過多の時代。

そして、何事もにも、スピード時代です。

試験はマークシートで、結果を待たなくても即時に結果が分かってしまう。

知りたいことは、ネットで検索すれば、探す手間を我慢する必要もない。


そうした時代ですから、『我慢レスである』ことと引き換えに、

人間の『忍耐力』や『想像力』が、どんどんと退化して、

心の容量(堪忍袋)も、小さくなっているのかな・・・と、

危機感を感じずにはいられないのです。


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