守りに入ると、人間は脆い(もろい)

2001年10月24日 23:17

いまは戦国武将の時代ではありませんが^^;、

攻め入る側と、城を守る側では、どちらが有利だと思いますか?


もちろん、大将の能力や、軍勢にも よるのでしょうけど、

どちらかと云えば、攻める側のほうが有利ですよね。
それは一つには、攻める側には、攻め入るに熟した機(時期)が持てること。

つまり準備万端整ってから、「よーし、行くぞ」と云える余裕の有利さ、です。

反対に守る側は、攻める側の なすがまま・・・守るより仕方がない。

それこそ、ヘボ将棋のように「待った」は無いです。(^_^;)(笑)



前置きが長くなりました。(^-^;

しかし、こうしたことは、平和な時代の、私たちの生活にも云えると思うのです。


たとえば、あなたが1億円の自由になるお金を持っていたとします。

これを、1円たりとも、誰にも渡さず生活しようとすれば、

どうなると思いますか?(^-^)

恐らく、あなたはお金のことが心配で、夜も眠れず、誰も信じられなくなって、

寝込むのではないでしようか。

そして結局、療養費という『つまらないお金』を払うはめになる。(^_^;)

つまり物事が、『後手、後手』になってしまうのです。


まあ、1億というお金は現実的ではないにしても(笑)、この『後手、後手』

というのは、考え方の『余裕』すらも奪ってしまうのですね。


もし、その1億円を(しつこいですね(笑))、大切・有効に使おうと考えて

さえいれば、まず計画を立てますよね。

それこそ大切なお金ですから、じっくりと。

この、じっくり・・・というのが、余裕なのではないでしょうか。

そして、時期を見て投資する。

城を攻め入るときに似てますよね。(^.^)


今回、少し例え方が悪かったかも知れませんが^^;、

これは物事すべてに云えることだと思います。

人間『なにがなんでも』と固執して、守りに入ってしまうと、実に脆いものです。


どうか、何か大切なものを守ろうとするなら、先手有利な

『攻め入る守り方』を、ひとつ考えてみて頂きたいと思います。(^-^)


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