疑ってみる

2001年10月12日 23:57

これは、人を疑ったり、否定しましょう、のお勧めではありません。

何事も『鵜呑み』にしてしまうと、視野が狭くなり判断を誤ったり

するのでは? という話です。
世の中、いろいろな情報が氾濫しています。

こうして読んで頂いている記事も情報ですし、

メディアが流すニュースや、近所の立ち話も情報です。


そうした中で、近所の立ち話では「何か、うさん臭いなぁ」と、

割合と気付きやすいのは、相手が自分と同等か、それ以下という

判断基準のようなものが自分に出来ているから、疑いの目が

持てるのだと思います。


他にも理由はあると思いますが、もう一つには人間に『整ったものに弱い』

という欠点があるからだと思います。例えばテレビや、新聞などのメディアですね。

あれは何となく『ちゃんとしたもの』に見えるし、活字などで報じられると、

「信じていいかな」とフラフラと付いて行きそうになってしまう。(笑)

とても不思議ですが、人間には、そういう部分があります。


もちろん、そういう拠り所というものも大切なのですが、

残念なことに、そのすべてが正しいとは限らない訳です。

百歩譲って、それが正しいとしても、また違う側面も考えて

行かないと、判断を誤ることになるのです。


例えば、アメリカのテロ事件ですね。

大変な犠牲者を出し、これから報復しようとしていますが、

私たちがメディアを通して見ているものは、情報の一面に過ぎないのです。

しかし、悲しいかな私たち人間は、それを『すべての面を見ている』と

錯覚しやすい。


ブッシュさんが、いろいろなことを云っていますが、

それじゃ「何故、アメリカが狙われたのか」と考えてみると良いと思います。

それこそ、どこでも良いなら、日本でも、北極でも良いわけです。

しかしアメリカがテロに遭った。

もちろん、狙いやすかった、という考え方もあるかも知れませんが、

そこにはテロリストが狙う『理由』があったはずなのです。


そういうふうに考えて行くと、ブッシュさんの云うことは嘘ではないかも

知れないけど、「何か別の側面もあるのではないか」というふうに

なって行きますよね。


これはほんの一例ですが、私たちの生活の中でも、ただ鵜呑みにする

のではなく、「どうして、そうなるのだろう?」という疑問を立てて

考える習慣がつけば、物事の考え方も広がるのではないでしょうか。


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)