喧嘩なく普通・・・が普通?

2008年07月21日 23:35

中三少女の父親刺殺の事件で

もうひとつ気になったのが新聞記事の

(父娘関係は)「けんかもなく普通だった」

という部分です。
喧嘩は良くない・・・と云われながらも、

「喧嘩するほど仲がいい」という言葉もあるように、

喧嘩もひとつのコミュニケーションであり、

その関係性のバロメーターみたいなものですからね。




違う考えを持った人間同士が、自分の気持ちを分かって欲しくて

訴え合うのが喧嘩なのですから、付き合っていれば、

そんな衝突が起こるもの当然ですし、お互いを分かり合う為には

むしろ通らなければならない道であることは間違いありません。


しかし親にしてみれば、思春期は難しい年ごろだし、

下手に刺激したくない・・・という気持ちもあるでしょう。

あるいは、日ごろ「かまってないから」という

後ろめたさもあるかも知れません。


そうですよね・・・日ごろあまり話し合うこともなければ、

お互い気持ちの疎通も出来ていないわけですから。(^^:


けど、だからこそ『喧嘩のできる距離』が大事なんですよね。


子どもは、親に対して「うざい」というかも知れません。

でも、本当にうざいだけ、なのでしょうか?


もちろん、日ごろ、ろくすぽ話もしないのに、いきなり

「勉強しろ」「何してるんだ」と干渉されれば、

それは子どもじゃなくても「うざい」と思いますよね。(汗笑)


しかしそんな状態でも、子どもは、親の干渉を少しは待っている

と思っても間違いはないと思います。

とくに思春期の子どもは、親から離れて自由になることを

望みながらも、一人立ちしなければならない不安という

矛盾した気持ちを持っています。


ですから、あまり干渉されないと

「どーせ私なんて愛されてないし。どーなってもいいのよね」と、

自由になりたい気持ちを棚に上げ、捨て鉢なことを思うものなのです。(^^:


まあ、それはともかく、

「喧嘩もないことが普通」なのではなく、

逆に、親子喧嘩も出来ない関係がおかしい(異常)、なのです。


火山や地震のエネルギーと同じで、

日ごろから『小出し』に喧嘩をしていれば、

大きなことにはならないはず。


ですから、

「喧嘩をしましょう」とか「喧嘩のできる親子関係にしましょう」

という云い方も変かも知れませんが(笑)

でも、そうした関係を目指したほうが健康的なのも事実なのです。


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