少女の父親刺殺に思うこと

2008年07月21日 23:33

中学三年生の女の子が、父親を刺殺してしまうという

痛ましい事件がまた起ってしまいましたね。。

一人の子を持つ親として、とても心が痛みます。


最近、そうした中高生と家族のトラブルが多い背景として

やはり親子関係の希薄さを感じずにはいられません。
子どもは親から愛情を受け取り、それを確かめながら

『わたし』という自我を育てていくのですが、

その関係が希薄であれば当然、『わたし』という存在を

見失うことになってしまい、思春期という人生の中で

いちばん不安定な時期を乗り越える力が持ちづらくなる。


その結果、方向性を見失ったエネルギーが、

神経症・摂食障害・うつ・ひきこもりなどの

自分自身を攻撃する方向へ使われたり、

非行や殺傷事件など外部への攻撃行動へ向かったり・・・

つまり自他を攻撃することで、彼らはもがきながらも

なんとか自分の幼い自我を保とうとします。


それは「どうして私は、この世にいるのでしょうか」

という問いかけと、「どうぞ私を助けてください」

という、彼らの心細さを表しているように思います。


今回の事件も「勉強しろ」と父親に云われると

それを「うっとおしく思うことがあった」という

供述がありますが、それは単なる事件の引き金であり

少女の心の奥(無意識)には、もっと複雑な思いや

不安があったとこは明白のような気がします。


>「父親とはあまり会話がなかった」


子どもは異性親に対して、強い愛情願望を抱きます。

しかし彼女は、父親の気持ち(愛情)を確かめられず

今日まで来てしまったのかも知れませんね。


>「お父さんが家族を殺す夢を見た」


殺されているのは彼女自身だったのでは?

と思えてなりません。

自分がどんなに慕っても、果たして父親は自分を

愛してくれているのだろうか・・・

そんなとき子どもは「自分は存在していても良いのか」と

自分の存在に強い不安を感じると云われています。


きっと彼女も、そんな不安を抱きながらも

その不安を払拭(打ち消す)ために

『将来の夢は薬剤師』

と、製薬会社に勤める父親の背中を、必死に追い掛けて

いたのではないでしょうか。


しかし(自我の幼い)彼女は、そうした不安に負け

「このままでは、本当に殺されてしまう」

(自分が生きている価値を完全に否定されてしまう)

という思いから、

「殺されてしまう前に、殺してしまおう」

と犯行におよんでしまったのではないでしょうか・・


もちろん、そうした葛藤は、彼女自身にも感じることの

できない無意識の中で起っていることで、

おそらく父親を襲っている最中も『夢の中にいるようで』

「わけがわからず」、事件後に「大変なことを・・・」

とがく然としたはずです。

本当は大好きな父親を自分の手で刺殺してしまったのですからね。。



思春期になれば、身体は立派な大人に見えます。

しかし、心は、まだまだ、なんですよね。。

とくに昨今は、

家族が心を寄せあう(愛情を受け渡す)場所が少なく、

心(自我)が成長しずらくなっています。


なのに「あなたはもう中学生なんだから」と

自立すること(頑張ること)だけを求められてしまう。


今回の事件にも、そんな『行き場のない心』を

感じずにはいられません。


親や、周囲の人間は、

『自立は、その自我の成長なくしてはあり得えない』

ことを肝に銘じ、

もっと『心の成長』について深い関心を持たなければ、

悲しい事件が繰り返されてしまうでしょう。


いまはただ、彼女が立ち直ってくれること。

そして、この事件を教訓に再び悲劇が起こらないことを

自戒を込め願うばかりです。


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