不安(2)

2008年06月28日 23:29

前回、人間の不安は、心の傷・・・

抑圧された『過去の未解決な問題』が

原因である・・・・

という話を書きました。


つまり、不安は「未来に対するもの」と云うより、

過去の出来事に、心が怯えたままになっているから

起こる・・・と云っても良いと思います。
ではなぜ、心は問題を未解決のまま

抑圧という手段を使って先送りにしてしまう

のでしょうか。

単純に考えれば、「その都度、解決」しておけば、

何の問題もないわけですよね。(^^:


まず、そのへかんら書いてみたいと思います。

『それ』が解決の糸口になりそうなので。(^^)


人間の心は、もともと無意識100%で始まります。

このときにはまだ、「ああしなきゃ」「こうしなきゃ」

という『自分自身』である『自我』は、とても幼く未熟で、

ほとんど「無力」で力はありません。


反対に、そのころ心の中で威張り、猛威を奮っている

のが、『エス』という『本能の固まり』みたいなヤツです。(^^:

エスは、辛いこと、面倒なことが大嫌いで、少しでも

不快なことがあると暴れて、手がつけられなくなります。


本当であれば、自我はエスの『お守役』で、

エスをなんとか暴れさせないように、

いつも満足させておかなければいけないのですが、

まだそんな知恵も力もなく、どうにもなりません・・・(^^:


そこで自我は、エスが暴れて心が壊れてしまうこと

を恐れて、『防衛機制』という機能を使うのですが、

その中に『抑圧』があるわけです。


抑圧は防衛機制の中でも、単純で、てっとり早く、

未熟な自我にすれば「これしかない(^^)v」という機能です。


抑圧・・・その出来事を無かったことにしてしまうこと・・・

エスがいくら「不快だ(++;)傷ついた。なんとかしろ~」

と叫んでも、その訴えを無視して、葬ってしまうことなのです。

考えただけでも、とんでもない機能ですよね。(^^:


もちろん人間の機能には、そんなおマヌケ(片手落ち)

なものはなく、後でちゃんと回収(解決)できると思うから、

そうした抑圧などの防衛機制があるのです。


たとえば、いまは自我が未熟だから「とりあえず」

抑圧を使ったけれど、あとで(自我が成熟したら)ちゃんと

その心の傷も「修復しましょう」と云うわけです。


ですが、今の時代、なかなか自我が成熟しづらい・・・

自我は、様々な経験、艱難辛苦(かんなんしんく)を

乗り越えながら成長し、成熟して行くものなのですが、

現代は「頑張らなくてもいい、我慢しなくてもいい」

という風潮ですからね。

そうなると、自我も「過去のツケ」をなかなか清算する

まで成長できないまま・・・になってしまいます。


実は、現代人に『葛藤』や『心の病』が多くなった理由も

このへんにありそうなのです。

つまり年齢に関係なく『自我が未熟』な社会なのですね。


さ、そうなると「不安の解決」の答えも出ましたね。

自我を強く成長させて、過去の傷だろうが、何だろうが、

解決できる力をつければ良いのです。(^^)


『江戸の敵を、長崎で討つ』ではないですが、

人間、過去には戻れませんから、過去の傷を癒す為には、

現在で解決するしかありません。


それには、自我という刀を磨き、成長させながら、

『いま』を変えていくしかない。

不安で仕方がない自分に打ち勝って、未来を切り拓いていく。


そうした実績が自信となり、自我はさらに力をつけ成長する。

そしてそうした実績や成長が、過去に対する気持ち(心の傷)を

どんどん塗り替え、癒されたものにして行く・・

というわけです。



人間に『心の傷』のない人は、いません。

もし、いま、力強く、なんでも精力的に動いている人は、

過去の自分に打ち勝とうと頑張っている人か、

克服して、物凄い力をつけた人です。


約束します。

心の傷に勝つことができれば、その人は、いままでの

数十倍、いや、数百倍以上の力をつけることができます。

それほど辛い経験は、人を強くします。

自我を鍛えてみませんか。


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