「デキの悪い子ほど可愛い」の理由

2008年03月18日 23:25

むかしから「デキの悪い子ほど可愛い」と申します。

でもそれは何故だと思いますか?



答えは簡単。
デキが悪ければ、それだけ心配。

いつも気に掛かるから情が湧くのでございますね。

デキの悪い子を持つと、頭の中の半分以上が

いつもその子のことで一杯ですから、

逆に身近に感じていとおしくさえなる。(^^:

今年、うちの息子が高校受験だったのですが、

それをもの凄く実感することができましたです。はい。(汗爆)



最近は、子どもの居所が分らないと心配だ・・・と

携帯電話を持たせたり、GPSか何かで居場所を

知らせてくれるサービスがあったりしますね。


まあ、物騒だから・・と云われてしまえば

反論の余地もないわけですが、

でも親子の情愛を考えるうえでは、

ちょっと邪魔な存在かな、と思ったりします。


息子が小さかった頃は、まだ携帯電話を持たせる

なんて考えられない時代でしたし、

ましてGPSなんて。(^^:


でも、かえってそういう時代だったからこそ

味わえた親の気持ちがあったように思います。

ちょっと帰りが遅いと、部屋の中をウロウロして、

何度も窓から外を眺めたり、家の外に出てみたり。

で、帰ってくるとホッとしてギュと抱きしめたくなるが、

父親はヤセガマン。

何食わぬ顔で「おかえり。遅かったね」なんて。(笑)

たぶん、自分の親も、こんな気持ちだったんだろう

と思うと胸が熱くなります。


いま、そうした心配がいらなくなったぶん、

親子はどんな情愛で結ばれるのかな

なんて、ふと気になったりします。


あれっ、デキの悪い子の話は、

何処へ行ってしまったのかな?(^^:




ふろく・・・

しかしですねぇ。

いまは物騒になった。

むかしの物騒(事件)には動機があるけど、

いまの物騒は「ただ何となく」的で怖い、

と云われていますが、そんな事件も

ギュと抱きしめたくなるような心配を親がしなくなり、

ギュと抱きしめられた経験のない人たちが

引き起こしてしまっているのではないか、

なんて思うことがあります。


「すぐそこに結び付ける」

だから精神分析野郎は嫌なんだと思われるのを

覚悟で云えば、子どもを連れまわしたり、

傷つけてしまうような人たちの心には、

愛に対しての強い憧れ(渇望)と、憎しみが

隠されているような気がするのです。


ですから、デキの良し悪しに関係なく、

親は子どもの心配をもっとするべきだし、

そういう世の中に戻って欲しいですね。


「ばか野郎、心配かけやがって・・・」

と、ギュと抱きしめてあげてください。

可愛いわが子を。


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