母親殺人

2007年05月17日 23:27

親と子の事件、最後は、

17歳の子が、母親を殺害し、

その首を持って自首をした、という事件です。


今現在、分かる部分で推測できることは、

挫折、劣等感、そして孤独、でしょうか。
町の中学校では優等生だった彼が、

街の進学校へと進み、親と離れて暮らし、

どんな気持ちで2年間を過ごしたのか、ですよね。


そして、どんな親子関係で、どんな話合いや、

どんな気持ちでその進学校を選んだのか。

それが明らかでない今、これ以上の推測は持てませんが、

少なくとも彼は、自ら心を閉ざし、何かの思いを募らせて

しまったのだろう・・という推測は持てると思います。


母親の首を切断する。

そして切断した手にスプレーを塗り、飾る。

これが何を意味するかは、本人すら分からない、

彼の無意識だけが知る部分なのだと思います。


しかし子どもが親に殺意を抱くこと自体は、

特別に異常な心理ではありません。

むしろ、「親の存在を超えたい」と思うことは

人間の成長には大切なことで、

私たちは無意識の中で、何度も『親殺し』をしながら、

成長していくのです。

もちろん、それを現実に実行してしまう事は、

尋常なことではないです。


ただ、意識・無意識という心の世界で見れば、

通常であれば、心の中だけで行われる殺人を、

実現せずにはいられない「何かがあった」と

いう考え方も出来るわけです。


先ほど「自ら心を閉ざし、何かの思いを募らせてしまった」

と推測を書きましたが、心を閉ざすは、無意識に篭ること。

つまり、彼が心を閉ざし、無意識の世界でしか生きられなく

なってしまった理由が、ここでは一番重要になると思います。


世の中の出来事に『・・たら』や『・・れば』は使えませんが、

もし彼の無意識をもっと深く理解しようとする人が

ひとりでも居たならば、

彼を無意識の世界に引篭もらせることもなく、

こうした悲劇も起こらずに済んだのではないでしょうか。


もちろん、だからと云って「周囲の誰が悪い」という論じ方も

出来ないと思います。誰しも、こんな事件を望んでいた

わけではなく、それぞれ懸命に生きてきているのですからね。


でも、一つだけ云えることがあるとすれば、

こうした悲惨な事件を二度と繰り返さないためには、

社会全体が人の心の奥底、無意識に対する理解を、

もっと深めるべきではないか。

この事件を通して、改めて感じました。


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