そのときの精神状態(1)

2008年12月09日 23:32

秋に千葉県で幼女が殺害された事件で

最近、犯人である男性が逮捕されましたね。

被害に遭われた幼女と、遺族の方は

本当にお気の毒で、事件の重大さを感じます。
実は、とある場所で、

容疑者の彼の『断片的で、はっきりとしない記憶』

というときの精神状態が分かりづらい

という話になりました。


なので今回は、そのことについて

少し考えてみたいと思います。



まず僕が報道を見ていて感じたのは、

容疑者(加害者)の供述がとても曖昧で、

人間の意識と無意識は、ほんと薄い紙一枚の

背中合わせのところにあるんだなぁと

云うことでした。


たとえば供述では、

幼女がいつの間にか部屋にいて、

(次には)いつの間にか倒れていて、

(その次には)幼女を白い建物の前に遺棄していた・・


と、『いつの間にか』という感覚や、

「・・・していた」と云ったような、

まるで他人事のような話が次々と出てきます。


おそらく容疑者の彼本人にしてみれば、

断片的な記憶しかなく、

「それが自分のした行為」とは感じられない

夢の中の出来事のように思えているのかも知れません。

図にすると、こんな感じなのかな・・と思います。

middle_1228811691.gif


その精神状態を考えるとき、

子どもの行動を思い出してみると良いかも知れません。

小さな子どもは、まだ意識が十分に発達しておらず、

無意識的な行動を多くとります。


そして無意識的なぶん、

(大人で云う)夢を見ているような状態も

多くなりますから、その部分の記憶がとても断片的に

なる可能性があります。

とくに、何かに夢中になったときには、

さらに無意識的な状態が色濃くなりますから、

なかなか思い出すことも難しいはずです。


容疑者の彼には知的障害があると云われています。

それでも数年間は普通に就労していたのですから、

障害のレベルはそれほど高くはないと思いますが、

知的という意識部分の発達に障害(遅延)があると

すれば(健常者と呼ばれる人と比較すれば)

上記したような子どもと同じような精神状態・・

『無意識支配の強い精神状態』

(普段から無意識的行動の多い状態)

なのではないかなと思います。


まして、そんな精神状態であるうえ(子どもとは違い)

意識の発達に障害があるわけですから、記憶された

ものを思い出す作業も(子ども以上に)困難でしょうし、

会話の理解(意思の疎通)も難しいでしょうから、

正確な話を聴き出すことは、ある意味、不可能に

近いかも知れません。


話が、あっちこっちへ行ってしまいましたが、

まとめますと・・・

彼はおそらく、事件の当日も、日頃の奇行も、

夢を見ているような状態であったと考えられます。

ですから(警察が考えるような)動機という動機も、

特別には無かったのではないでしょうか。



では、そのときの彼の精神状態・・・

その夢を見ているような状態を、私たちは

どう理解したら(感じ取ったら)良いか・・・ですよね。


しかし、そうした状態は何も彼が特別というわけではなく、

健常者と呼ばれる普通の精神状態の人でも、

わりと日常的に体験している現象です。


たとえば、何かに夢中で(気持ちが集中して)、

気持ちがそこへ「入り込んだ(のめり込んだ)」とき、

人はその最中の記憶がとても曖昧になります。

とくにそれが酷く夢中であるほど、

「いつの間にか(その行為が)完了していた」

という話は、みなさんにも経験があると思います。


つまり、この『夢中』という精神状態が『無意識』であり、

夢中であればあるほど、

無意識の結構深い部分(場所)に精神状態があった

と考えて良いと思います。


ある意味、犯罪を犯してしまった人の精神状態も

(誰しも)そうした「無我夢中」の状態と云えるかも

知れません。


ですらか、

「そうした人たちの心理状態が理解できない」

と思うときには、自分自身が

「何かに夢中になったとき」のことを思い浮かべて

みると、より分かるかも知れません。

あるいは、お酒に酔って「ゆうべの記憶がない」

ときの状態ですね。(^^:


そうしたとき、人間は『無意識の状態』であり、

意識されない行動をとっていますので、

そうした状況を考えてみると、

「何かをしてしまうとき」の精神状態への理解

に近づくことができるかな・・と思います。



ちなみに・・・この先は余談です・・・


もちろん、上記のような状態でも、いわゆる理性が

働いていれば(そうした理知的なものがあれば)

犯罪や、「おかしな行動」は抑えられているはずです。


ですが・・人間には難しい心の部分があって、

(無意識の中に)抑圧された気持ちが複雑であるほど、

その無意識の状態になると、理知の制止も緩んで

普段では考えられない行動をとってしまう場合があります。


とくに、普段がとても真面目で、抑制的な人ほど、

その反動で、信じられない行動に出てしまうことも

珍しくはありません。

そうしたことは、真面目を絵に描いたような人が

お酒を飲むと「乱暴な人に豹変する」などで

よく見かける光景だと思います。


つまり、人間の意識・無意識という問題は、

とても難しいけど、(誰しも)とても密接。

だから、決して(そうした事件も)他人事ではないんですよ・・・

という話ですね。(^^:


ならば、どうすれば、そうした無意識の暴走を防ぐことが

できるのか・・・ですよね。


それはやはり、普段から自分の無意識を考えてあげること。

もちろん意識できないから無意識なんですけど、

自分の無意識が「どんな状態なのかな」と意識してあげる

だけでも良いと思います。


たとえば、自分は「こういうことがとても不愉快」と

思うことがあれば、「どうしてそれが不愉快なんだろう」

と考えてみる。

もしそうした追及ができれば、意識的な部分である程度

(自分の心の問題が)解決ができるかも知れませんよね。

そうすれば、不要な抑圧もしないで済むかも・・・

と云ったような、セルフ的な『心のケア(心の整理整頓)』

に繋がるように思います。


要は「そうに違いない」という、思い込み(先入観)を

できるだけ心に背負わせないようにすることが、

意識・無意識を併せた『自分の心』の健康(心の自由度)には、

とても大切である・・・という話なのであります。


・・・と、完全に事件とは関係のない話になってしまい

ましたが、何かの参考にして頂ければ幸いです。


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