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大きな誤解

2013年10月22日 19:05

「いつもニコニコとして、お幸せそうですね」
と、よく言われます。

何の悩みも苦しみもなさそう・・という意味だと思うのですが、
まあ、そう言われて嬉しくないワケではないけれど、
「そんなに能天気に見えるのかなぁ」と複雑なのは確かです。(苦笑)


悩みや苦しみの渦中にある人にとって、周囲の人たちは、
「何の苦も無く、楽々と過ごしている」ように見えるらしい。

でもそれって、本当でしょうか?

この世の中に、何の悩みも苦しみもない人が居るのでしょうか?

それは大きな誤解のような気がします。

そして、その誤解によって、自分を過少評価しかできなくなり、
苦しみが倍増しているとすれば、とても残念なことだなぁと思います。


私なんかもそうですが、いつもニコニコしている人は、たぶん、
「泣いていても仕方がない」
と思うから、いつも笑っているのだと思います。

そして、もっと前向きな人は、
「泣いているより、笑っていたほうがきっと良くなる」
と考えて、いつも笑っているのだと思います。

もちろん、いろいろな悩みや、苦しみがあるのは、
どんな人でも同じです。

むしろ、笑っている人のほうが、私などから見れば、
「きっといろいろ大変なんでしょうね」
と思うくらいです。

なぜって、本当は笑っていられないくらい、
生きるって大変なことだと思うから・・。


しかし、やせ我慢でも、ニコニコ明るくしていたほうが、
良いモノが飛び込んでくる・・というのは本当の話です。

しかめっツラをしていれば、
悩みや苦しみに押し潰されそうな仲間にしか出会えません。
そこに良い情報なんて期待できませんよね。

逆に明るくしていれば、
それでもガンバロウと思う同志たちが集まるし、
耳よりな情報だって得られるはずです。


もしあなたが、より良く生きたいと思うのであれば、
「自分だけがツラいのだ」
という大きな誤解を捨て、
無理にでも明るく振る舞い続けてみて下さい。

必ずきっと、いまの悪循環から脱し、
良い循環に出会えるはずです。

ちょっと根気がいりますが、ぜひお試し下さい。
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受け流す

2013年09月25日 20:07

言わずもがなですが、時間は流れています。
そして、巻き戻したいと思っても、
止まって欲しいと願っても、
『いま』を過去にしながら、どんどん進んで行きます。

そんな時間の流れの中に、私たちの人生が置かれています。

そう、、私たちは時間の流れの中で、
喜んだり悲しんだり、あるいは怒ったりしながら
生活しているわけです。

本当であれば、そんな私たちの喜怒哀楽は、
一時的であることが理想なのかも知れません。

つまり、時間の流れとともに、
私たちの喜怒哀楽も、瞬間、瞬間を思い出にしながら、
流れていってくれたほうが、
前へ進みやすいですよね。

悲しみをいつまでも引きずってしまったり、
いつまでも腹を立てていたら、
次の行動に移れませんからね。

まあ、人の心はそれほど単純ではないと言う意味で、
あくまでも『理想』なんですけど。。(^^;


さてそこで、そんな理想に少しでも近づく鍵としてあるのが
今回のテーマである『受け流す』です。

その時々に、悲しいこと、腹立たしいことがあったとしても、
「それは、それ」として、心の中の時間を止めずに、
前へ進むこと・・・が、ここでの受け流すであると考えて下さい。

つまり、流れ作業のように時間(現実)は流れているのに、
心だけが止まってしまうと、
生きていくうえで、ますますツラいことになってしまうので、
起こった事実は事実として受け止めながら、
「次、行ってみよ~」
と、感情とは別に行動できることが受け流すです。


そこには、
感情はコントロールできないが、行動はコントロールできる。

そして、
感情は、そこで心を止めてしまわなければ、やがて鎮まる
というのが森田療法の考え方です。

つまり、いつまでもその悲しみや、怒りのことを考えてしまうと、
ますますその感情が膨れ上がって鎮まらないが、

その感情のままでもいいから、次の行動へ移してしまえば、
いつの間にか、悲しみや怒りも鎮まってくれるよ、
という法則的な考え方ですね。


ですから、自分は感受性が強くて受け流しなんてデキナイ・・・
と言うのではなく、
悲しみは悲しみとして、怒りは怒りとして、
その感情を持ちつつ、次の行動に移すことが受け流すである、
と考えてみては如何でしょうか。

はじめはギクシャクして、なかなか難しくても、
感情の流れが体感できてくれば、
受け流しの達人になれるかも知れません。(*^^*)



ただし、そうした受け流しを難しくさせるものがあります。
[ 続きを読む ]

大変でも 疲れても・・・

2013年02月06日 16:13

「大変だから」
「疲れるから」

そんなことを理由にして何もしない現代人が増えています。

何かを勘違いしているのか、
もったいない話だなぁ・・と思います。

若い人なら、なおさらです。
死んだように生きて、
残りの人生を余生にしてしまうのでしょうか。


そもそも、生きるってことは大変なんです。(^^;
だけど、大変だからこそ、充実感もあるし、
生きている喜びも感じられるのです。

疲れたっていいじゃないですか。
「今日もまた何となく終わっちゃったなぁ」より、
「今日も疲れたけど、頑張ったなぁ」の、
気持ちの良い疲労感を味わいましょうよ。(*^^*)


90歳を過ぎても現役バリバリな方たちには、
「大変だから」
「疲れるから」
という言葉はありません。

そうした大先輩たちの生き方にこそ、
充実した人生の秘訣があるように思います。

ちゃんと呼吸してますか?

2012年04月13日 18:05

ちゃんと呼吸してますか?

浅い呼吸になってませんか?


気持ちが落ち込みやすい人、
悩みに陥りやすい人はとくに、
浅く短い呼吸で過ごしている人が多いような気がします。
なかには息をすることを忘れてしまっている人も・・(^^;

それでは視界は明るくならないし、
良い解決策や、アイディアも生まれてきません。
ちゃんと呼吸して、血の巡りをよくしましょう。

ただし、深呼吸とは違います。
大きく深い呼吸の腹式呼吸を目指してください。

私たちは眠っているとき、無意識に腹式呼吸をしています。
そのほうが気持ちが落ち着き、疲れがとれるからです。

心身の隅々まで血液(酸素)を巡らせ、
リフレッシュさせているわけですね。

ぜひ、ふだんから腹式呼吸を心掛けみてください。
きっとスッキリできますよ。(^^)v

受け入れる

2012年03月15日 19:41

よくクライアントさんとの話の中で
「受け入れる」「受け入れられない」
というテーマが出てきます。

その場合、ふつうに考えられている「受け入れられるもの」とは、
自分の好むものや、納得できるもの、
いわゆる「自分の都合の良いもの」のみが対象であり、

それ以外のもの、、
自分が好まないものや、納得できないものの、
いわゆる「自分に都合の悪いもの」は、
「受け入れられないもの」として扱われているようです。

しかし世の中には、自分が好むものよりも、好まないもののほうが
多いですし、自分の都合にピッタリ合うものなど、
そうそう有るものではありませんから、
どうしても「受け入れられないもの」ばかりが心に溜まり、
憂鬱な気分や、心を病んだ状態になってしまうのですよね。

なので、自分が嫌いと思う気持ちや、納得できない気持ちを
そのまま『嫌いなもの』『納得できないもの』として
「受け入れてみてはどうですか?」
と提案させて頂くのですが、ほとんどの方の反応は、
「それはどういう意味ですか?」
「そんなことができるのですか?」
「それは無理でしょう」
と否定的です。

確かに、嫌いなものや、納得できないものは
自分にとって『異物』ですから、
それを体内(心)に入れることなど、
想像したくもないし、嫌なことかも知れません。

ですが、理屈や感情的な部分はともかく、
『それ』ができるようになれば、
仮に体内に異物を入れることになっても、
精神的にはかなり楽な生き方ができるようになるはずです。



たとえば、食べ物と消化器の関係で考えてみると、
この理屈は分かりやすいかも知れません。

「腑に落ちる」とか「腑に落とす」
あるいは「胸のつかえがおりる」という言葉がありますよね。

スッキリしないときには「腑に落ちない」とか、
「胸がつかえて苦しい」なんて言ったりします。

『腑』とは、胃や腸の消化器官です。
つまり、食べたものが胸につっかえてしまったり、
胃の中に留まってしまい、重苦しくてスッキリしないわけです。

まあ、自分に合わない異物・・・好ましくないもの・・であれば、
なかなか消化できずにスッキリしないのは確かですし、
場合によっては消化不良で『お腹を壊してしまう』こともあるでしょう。

だからなるべく「異物は体内に収めたくない」
「排除(拒絶)したい」と抵抗するわけです。


しかし、人間の身体や心は、実際それほど『やわ(弱く)』はなく、
どんなものでも消化(処理)できる能力を持っています。

ただ、食べたことのない・・経験したことのない・・未知のもの
ですと、やはり恐怖心が先に立ってしまい、見ただけで
「ダメ」と拒絶してしまうだけなのです。
もちろん、それも心身を守る防衛ですから当然ですし仕方ありません。

ですが冒頭にも述べたとおり、世の中には自分の好むものより
好まないもののほうが、はるかに多いわけですから、
「あれもダメ」「これもイヤだ」と拒絶ばかりしていたら、
生きること自体が大変(苦しいもの)になってしまいます。


ならば、どうしたら良いのか?ですよね。
それは、選り好み(食わず嫌い)をせず、「来るものは拒まず」で、
とりあえず何でも食べてみたら良い
・・なのです。

実際の食べ物ですと、アレルギーの問題もあるので、
何でもと言うわけにはいかないかも知れませんが、
心に収めるものであれば、たいていのものは大丈夫なはずです。

なかには「思っていたより美味しかった」なんて事も
あるかも知れませんしね。

そして、いろんなものを『腑に落とし込む』ことで、
胃腸を鍛えてあげる
のです。

そうすれば、人間には順応性がありますから、
仮に異物であっても「腑に落とす」こと・・消化すること・・が
できるようになってくるはずです。

そのとき「よく噛む」ことが大切です。
しっかり噛み砕いてあげないと、胃腸(腑)に負担が掛りますからね。

とくに『スルメ』のような固くて、飲み込めないようなものは、
しっかり噛んであげてください。
そうすれば、「イヤだな」と思っていたことだって、
『噛めば噛むほど味がでる』ではないですが、
案外と楽しい事になるかも知れません。

つまり、何事も、
はじめから「イヤだ」「無理だ」と決めつけてしまわずに、
「やってみよう」と思うことが『肝心』(大事)というワケです。


まずは「これなら大丈夫そうかな・・」と思えること、
ハードルの低そうなものから試してみませんか?



書き流しなので、読みづらい点はお許しください。(^^;